NASAの次世代赤外線望遠鏡「ナンシー・グレース・ロマン宇宙望遠鏡」がFalcon Heavyで打ち上げられ、約160万km先のL2点へ3ヶ月の旅に入った。ハッベルの約100倍の視野を持ち、1日1.4テラバイトというNASA天体物理ミッション史上最高のデータ量を送り続けるこの観測装置は、ダークマター、ダークエネルギー、系外惑星探索を一気に加速させる。
NASAは2026年9月6日(米東部夏時間)、大型赤外線宇宙望遠鏡「ナンシー・グレース・ロマン宇宙望遠鏡(Nancy Grace Roman Space Telescope)」を、フロリダ州ケネディ宇宙センター第39A発射複合施設からSpaceX社のFalcon Heavyロケットで打ち上げたと発表した。午前7時26分(同時間帯)の打ち上げで、望遠鏡は飛行開始から31分後にロケットと分離。現在は地球から約100万マイル(約160万km)離れた第2ラグランジュ点(L2)へ向かう3ヶ月の航行期間に入っている。L2はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と同じ、太陽と地球の重力が釣り合う安定観測点だ。
ハッブルの100倍の視野が切り開く「宇宙のアトラス」
Romanの最大の特徴は、広い視野と高い赤外線感度を一つの観測装置で両立した光学設計だ。ハッブル宇宙望遠鏡と同級の鮮明な像を、約100倍の面積で一挙に撮影できる。ハッブルが一点ずつ覗き込む「顕微鏡」だとすれば、Romanは空を一気になぞる「走査カメラ」と例えられる。
主観測装置「Wide Field Instrument(WFI)」は3億画素の赤外線カメラで、18枚の4Kサイズ検出器を搭載する。各検出器はクラッカー菓子1枚ほどの大きさしかないが、集めた光子は鮮明な宇宙のパノラマへと復号される。赤外線で観測する利点は、宇宙膨張で波長が伸びた「赤方偏移した光」を捉えられることだ。これは、宇宙の若い時代の銀河を遡って観測できることを意味する。
観測効率も桁違いだ。NASAによれば、Romanはハッブルの1,000倍の速度で宇宙のサーベイ(一括撮影調査)を行えるという。剛性の高い鏡と安定した光学性能により観測間の姿勢変更待ちがほとんど不要で、宇宙史を通じた大規模構造のマップ──NASA長官が「新しい宇宙のアトラス」と呼ぶもの──の構築が期待される。
ミッションの3つの科学目標とコロナグラフ実証
Romanが探るのは、宇宙の「見えない側面」だ。NASAの発表では主要な科学目標として、(1) 重力レンズ効果の精密測定によるダークマター分布の解明、(2) 宇宙膨張の加速を駆動するダークエネルギーの正体への接近、(3) 太陽系外惑星(系外惑星)の広範な人口統計──の3つが挙げられている。
特にダークエネルギー研究では、銀河の分布と重力レンズの歪みを広範囲かつ高精度で測定できるRomanの視野が本領を発揮する。宇宙の膨張史がどのように変化してきたかを統計的に突き止めることで、宇宙定数と呼ばれるダークエネルギーの性質を制限できる。
もう一つの注目機器が「Coronagraph Instrument(コロナグラフ)」だ。恒星のまぶしい光を遮って周囲を回る惑星を直接撮影する技術実証機で、打ち上げ後数日以内に電源が投入される予定。まず木星型の惑星を撮影することを目標とし、この実証で得られる知見は、将来の「Habitable Worlds Observatory」構想など、地球型惑星の直接撮像を目指すミッションの技術基盤となる。惑星からの光は恒星より数桁暗く、直接撮影は観測技術の最前線に位置する難題だからだ。
1日1.4テラバイト、AIと市民科学者で挑むデータ処理
Romanがもたらすのは観測の質だけでなく、データ量の構造変化でもある。NASAによれば、Romanは1日あたり1.4テラバイト(TB)のデータを地球へ送り返す。これはNASA天体物理ミッション史上最高のデータレートで、この規模のデータを人手だけで精査することは原理的に不可能だ。NASAは機械学習・AIと市民科学者の協力が、データの洪水から有意な発見候補を選別する役割を担う計画を明らかにしている。
初動運用も順調が報じられている。メリーランド州ゴダード宇宙飛行センターの管制チームは打ち上げ7分後にテレメトリを受信。ロケットのブースターは発射地点への帰還に成功した。打ち上げ約1時間23分後には太陽電池パネルと下部機器の日よけの展開が確認され、今後数日で高利得アンテナとバイザー型の展開式開口カバーの展開、軌道修正噴射、コロナグラフの電源投入が予定されている。通信は打ち上げ約70分後に深宇宙ネットワーク(DSN)へ引き継がれ、オーストラリアのキャンベラ局から始まり、スペインのマドリード局、米カリフォルニアのゴールドストーン局へと順次切り替わって連続サポートが続く。
「予算内・予定より早い」大型ミッションという成功事例
プロジェクトの担い手にも注目したい。RomanはNASAゴダード宇宙飛行センターが管理し、JPL、Caltech/IPAC、宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)が参加。産業側の主要パートナーはBAE Systems、L3Harris Technologies、Teledyne Scientific & Imagingで、ESA(欧州宇宙機関)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、フランスのCNES、ドイツのマックスプランク天文研究所も協力する国際ミッションだ。日本も観測・解析面で関わる。
NASA長官のジャレッド・アイザックマン氏は「予定より早く、予算内で引き渡されたミッションだ」と述べ、10年以上にわたるNASAの作業部隊と産業パートナーの献身を評価した。大型科学ミッションの遅延と予算超過が構造的課題とされる中、この評価は珍しい。発射も前倒しされたもので、NASAの打ち上げサービスプログラムは望遠鏡の早期完成を受けてSpaceXと協調し、打ち上げ時期を繰り上げたという。なおRomanは、Falcon Heavyが担ったNASAの4つ目の主要ミッションとなる。
今後の3ヶ月の調整期間中に較正と試験が進められ、最初の画像は2027年初頭に公開される予定だ。プロジェクト上席科学者のジュリー・マクエナリー氏は「ロマンのような目で宇宙を見たことは一度もない。来年の今頃、私たちが何を知り、何を見ているかは分からない」と語る。億単位の銀河と惑星を数え上げる統計的宇宙論の時代が、いま始まろうとしている。
参考リンク
– NASA News Release: NASA’s Dark Universe-Seeking Nancy Grace Roman Space Telescope Launches
– NASA Roman Space Telescope 公式ページ
– NASA Wide Field Instrument 解説
コメントを残す