水産無脊椎動物の2019年生産はビタミンB12とセレンの年間必要量50億人分に相当すると、Natur…

水産無脊椎動物──貝、エビ、カニ、ウニといった「水産物の脇役」が、実は世界の微量栄養素供給を支えていることが、Nature誌に発表された統合分析で明らかになった。2019年の生産量はビタミンB12とセレンの年間必要量の「50億人分」に相当し、小型漁業が担う割合も大きい。見過ごされてきた食物資源の栄養学的価値を、初めて全球規模で定量化した研究の内容を読み解く。

魚介類の栄養評価というと、まず頭に浮かぶのはサケやマグロといった魚類だ。しかし動物性の水産食物の多くを占めるのは無脊椎動物であり、その栄養的貢献はこれまで全球規模で体系的に評価されてこなかった。ハーバード大学など国際研究チームが2026年9月2日にNature誌へ発表した論文は、この空白を埋める初の包括的な定量評価である。

「50億人分のB12」が意味するもの

研究チームは水産食物組成データベース(AFCD)と漁獲・養殖生産統計、種レベルの生態形質データを統合し、2019年の水産無脊椎動物の栄養素供給量を推定した。その結果、養殖と海洋漁業による無脊椎動物生産は、ビタミンB12とセレンの年間必要量相当分として50億人分を超える供給能力を持つと推計された。また銅、オメガ3脂肪酸(DHA・EPA)、ヨウ素、亜鉛については10億人分超、ビタミンB3、タンパク質などでは3億人分超に達する。

文脈を示すと、世界人口の大半は微量栄養素の摂取不足にあり、その健康・経済的損失は深刻視されている。ビタミンB12は主に動物性食品から摂取されるため、植物性中心の食生活では不足しやすい。魚類を上回る濃度でB12や鉄、亜鉛を含む貝類の供給力がここまで大きいという推計は、栄養政策の見直しを促す材料となる。

生産手段による偏りも明らかになった。DHA・EPAは海洋漁業(約9億3,700万人分)が、ビタミンB12(48億人分)・セレン(38億人分)・ヨウ素(34億人分)は養殖が多くを供給している。中国、ベトナム、インドネシアが無脊椎動物養殖の主要国であり、海洋養殖の二枚貝だけでもB12の年間必要量40億人分に相当するという。

漁獲量に占める割合を超える小型漁業の貢献

注目すべきは部門別の分析だ。工業漁業に比べて漁獲量の大きくない生計・自給漁業(artisanal・subsistence fisheries)が、無脊椎動物に関しては栄養素供給に不釣り合いなほど大きく寄与している。調査した30栄養素のうち13種で、自給漁業の貢献は漁獲量比を上回った。生計漁業のみでセレンの年間必要量12億人分以上を供給していた計算になる。

この点は政策上重要だ。小型漁業は統計に現れにくく、資源管理の対象からも漏れがちだが、栄養保障の観点では無視できない規模の供給源だったことになる。研究チームは、無脊椎動物の多くが漁業管理・保全・栄養評価のいずれでも過小評価されていると指摘する。

栄養密度の高さとデータの偏りというジレンマ

分析では、軟体動物と節足動物が漁獲と栄養供給の両方を支配し、軟体動物は特に100gあたりの栄養濃度が高いことが確認された。一方で、無脊椎動物は推定100万種以上という多様性を持ちながら、組成データが整備されているのはごく一部にすぎない。研究はこの データギャップを埋める形で形質データに基づく補間を行っており、推計値には不確実性が伴う点には留意が必要だ。

論文はまた、内陸漁業の統計が過小報告されている可能性にも触れている。内陸漁業を加えると供給推計はさらに増加するという。つまり本研究の数字は、あくまで保守側の推計であると考えられる。

持続可能な栄養戦略に無脊椎動物を組み込む意味

研究チームは結論として、無脊椎動物の持続可能な生産とアクセス確保は、飢餓ゼロ・水中の生命・ジェンダー平等といった複数の持続可能な開発目標(SDG)に同時に貢献しうると述べている。栄養欠乏が集中する沿岸・島嶼地域では、無脊椎動物漁業が地域の食料安全保障の柱になっている事例も示されている。

一方で供給能力があっても、それが栄養を必要とする人々に実際に行き渡るかは別の問題だ。水産無脊椎動物の多くは輸出向けに流通し、価格も高騰している。研究自身が「持続可能で、よく分配され、必要とする人々がアクセスできる」ことが前提だと強調するのはそのためだ。

一次評価としては、貝や甲殻類といった見慣れた食材が世界規模の栄養問題と直結している、という視点を示した点に意義がある。魚中心の水産政策に、無脊椎動物という「別の角度」から光を当てた研究といえる。

参照文献

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